げんきゅーどっとこむ

他人のブログを勝手に言及します。

「なんとかなる」は、「なんとかなる」

おはようございます、そーりです。

 

めぐりめぐる。というブログをご存知ですか。

にゅーとん氏(20代の男性)が書いている雑記が多めのブログ。

僕の勝手な印象では、時々燃えてる気がします。

 

そんなにゅーとん氏のこんな記事。

ちょっと前の記事ですが、気になる気になると思いまして。

 

www.meg2.net.

展示会コンパニオンの記事から、ここへジャンプしたわけなんですが。

 

皆さん、「何とかなるさ」というのは、どう感じますか。

良い意味、悪い意味、どちらもあるでしょう。

 

僕は比較的ポジティブに考えます。

にゅーとん氏は、それじゃダメだと思ったのではないかと。

 

僕の結論から言えば、人生なんて「何とか」なります。

ただ、その何とかなるレベルが違うだけで。

 

例えば受験勉強で「今ならまだ間に合う、何とかなるから頑張ろう」と言われたときにどう考えるか。

東京大学のような誰もが知っている大学に入れるのだろうか。

それとも、まず大学生になったね!!というレベルなのだろうか。

 

今のままいけば、どこの大学にも行けない。

そういう人が「なんとかなる」と言われれば、大学生になれたこと、高校を卒業できたことが「なんとかなった」わけである。

 

話がずれた。

僕の中には「何とかなるさ」には2種類の考え方があると思っている。

 

一つ目

今の状態よりは良くなる。

今のよりはレベルアップする。

それが、昔から描いていたようなレベルかどうかは別にして、今より良くなるよ。

まだ間に合うから、何とかなるよ。

と言われれば、多少でも上を向いていくのだろう。

 

二つ目

なんともならないときに言う「何とかなるさ」

それは、お前めっちゃ頑張れよ。

という意味のとき。

お前が本気を出せば、今の10倍も20倍も頑張れば何とかなる。

というとき。

考えている次元が違うから僕にはピンとこない。

 

「何とかなる」という言葉は、すごく受身に聞こえる。

だから二つ目の場合というのは正確には「何とかしてみせる」という意味合いに近いだろう。

 

「何とかなるさ」と聞いて「じゃあ安心、このままのんびりしていよう」というのは、あまりにも上辺だけの話だろうし、揚げ足取りみたいなものだよな。

 

だから、「何とかなる」を「適当」に済ませてはいけないのだ。

何とかなると言われたその時に、大きく舵を取って全力で進めば何とかなったかもしれない。

「何とかなる」とは、安心する言葉だけれどそんな表面の話をしているようでは何ともならないんだろうな。

 

僕がいつも思うこれに似た言葉。

「かもしれない運転」

免許を持っている人なら、何度か聞いたことがあるだろう。

 

もしかしたら車線変更してくるかもしれない

交差点で自転車が飛び出してくるかもしれない

 

こういったことを考えながら運転している。

でも、これは半分は間違っているぞ。

○○かもしれないから、こうやって対処しよう

というところまでがセットになっている。

 

ぶつかるかもしれない運転をそのまましたらぶつかる

 

ぶつかるかもしれないから、気をつけて次の行動にでる。

こうするから、事故を未然に防ぐことができる。

そうじゃない??

 

「何とかなる」気持ちは、何とかするから、「何とかなる」わけで、何もしなければダメになっていくだけ。

言葉の捉え方ではないだろうか。

 

最後に。

にゅーとん氏があーだこーだと言うわけではない。

話のキッカケをもらっただけだ。

ただ、僕が気になったのは、この一文

そう思う理由をきちんと説明してほしい

頭の良い方なのでしょう。

頭で考えたいタイプなのでしょう。

理由があれば、ちゃんとできるんだと思うけど。

 

理由とかじゃなくてね、「何とかなる」というのは、「何とかなるから大丈夫なんだよ」という意味じゃないんだよ。

「今ならまだ間に合うから早く動け」という意味だと思うよ。

モノゴトを自分ごと化して、能動的に行くことが「何とかなる」コツではないか。

 

理由は、そのまま何もしなければ、そのままだから。

「何とかする」キッカケがあれば、ちょっとでも変わるから。

だって頑張ってやるんでしょ、いい方向に進むと思うけど。

それが理由。

 

「何とかなるさ」は、「今のままで大丈夫」という意味ではない。