げんきゅーどっとこむ

他人のブログを勝手に言及します。

ゲイ、バイセクの僕が思った「一橋大学ゲイ自殺事件」

こんばんわ、そーりです。

少し前の話題ですが、ゲイだとバラされて自殺した一橋大学の学生の事件。

 

たまたまこんな記事を見つけたので、思うことを書いてみようかと。

半分くらいは納得ができる記事でした。

highsoneet.hatenablog.com

僕はバイセクなんで、ある程度はゲイの気持ちが分かる。

ちょっとしたタイミングで、男の人のことしか考えられなくなることもある。

男性とも関係を持ったことがあれば、女性ともある。

 

そういった自分の気持ちは、周りに話すことが少ない。

カミングアウトなんてしようとも思わない。

 

なぜなら、それが異常だと思っているから。

異常だからどうだ、こうだ、というわけではない。

ああ、普通じゃないんだな。という程度。

 

世間一般という言葉は嫌いだが、世間一般に馴染めないもの、それは異常だと考えることが多い。

ただ、異常が悪いとは言わない。

そういった異常な人は一定数いるものだから。

 

同性愛と比較するわけではないが、オタクと呼ばれる人。

僕から見れば異常だと思うわけで。

AKBを追いかけている人とか、どんだけCD買うんだよ、って。

だが、それが悪いとは言わない。

 

政治家、宗教家も異常だと思う。

また、それに群がる人々も。

だけど、それが悪いわけではない。

 

よく初対面で、こんなことを聞くやつは無礼だ、といわれること。

その中には、宗教や信条などのプライベートなこと。

と挙げられることがある。

 

同性愛というのも、その一つであろう。

だから、そういったことというのは、秘密にしておくことが重要だと考える。

 

それは、バラした同級生の話ではなく、告白した自分自身について。

もっともっと、小さくこっそりとすることが重要なのだろう。

なんていったって、社会には馴染めていない事柄だから。

 

それがいい、悪いではない。

例えば、50歳の男性教諭が10歳の女子小学生と交際をしていたら。

嫌悪感を抱く人が多いのではないだろうか。

純粋な恋愛かもしれないが、ありえなーいと思う人が多いと感じる。

 

それは、ただ社会的に馴染んでいないことだから。

例えば、交際に至らなくても、50歳の男性が10歳の女子小学生に告白したら。

それは心の中にずっとしまっておかなければいけないことなのだろうか。

 

「告白する」ということには2つのリスクがあると思っている。

1つは、好きな相手との関係。

交際に発展することもあれば、撃沈し友人関係にもなれないような関係になること。

2つめは、それが周りに知られるということ。

あいつ、○○ちゃんに告ったらしいじゃん。

なんて噂は、あっという間に広まる。

 

そういったリスクを抱えてまでも、思いを伝えたいなら告白する。

それが僕の中の常識だった。

 

そこまでの度胸がないのであれば、告白しないこと。

しかも同性愛であれば尚更だろう。

 

僕も男性を好きになったことがある。

軽めのゲイネタを振りながら、相手の反応をチェックする。

ある程度の見込みがあれば、告白するかどうか考える。

 

また、本当に理解のある友人であるなら、そういった気持ちに配慮があるだろうし。

無理なら、そうそうに去って行くだろう。

 

ゲイっぽい話をすると、3種類の反応がある。

・蔑んだ目で見るような、本当にゲイが嫌いなタイプ

・嫌いじゃないけど、自分には無関係だなぁと思うタイプ

・受け入れてくれるタイプ

 

それはなんとなくだけれども、分かるものだ。

自分の性癖をパートナーと共有したいとき。

なんとなく話題を振ると思うが。

SMプレイがしたければ、「S」なの??「M」なの??というところから始まり、相手の興味を探っていく。

 

もちろん失敗するときもあるが、そうやって攻めていくものではないだろうか。

 

僕の友人にもゲイの友人が何人もいるし、僕自身が男性と付き合うのでそういった仲間は多い。

だから余計に、そういった立ち回りを気にしていたりするわけで、マナーのようなものになっていると思う。

 

告白した人の見た目、普段の振る舞い、今までの自分との距離など。

そういったことを総合的に判断して、告白された人は受けとるのだろう。

 

頻繁に銭湯(のようなところ)に誘われ、比較的ボディタッチも多いようなタイプだったりすると、自分がそういう目で見られていたんだと思うだけで受け付けない人もいるだろう。

 

近年、メディアにはゲイ、オカマ、ニューハーフ、グレーゾーンなど、そういった同性愛やセクシャルマイノリティな方が活躍していらっしゃる。

だからといって、社会や世間に認められているわけではない。

一定数の異常な人というだけで、胸を張っていられるものではないのだ。

 

もちろんそこに、それ以上の良さがあるから、みんなに受け入れられているだけで。

また、テレビ、仕事というプロの場だからこそ、そう見えるだけで。

 

ゲイであることを隠していたいなら、隠さなければいけないと自分で思うなら告白なんてしないことだ。

それもノンケ(女性のことが好きな男性)に告白しないほうがいい。

 

それをオープンにしても生きていける自信や、心づもりがあるなら節度をわきまえて告白すればいいと思う。

 

漫画やアニメや、BLと呼ばれるゲイ関連のものって多いんです。

そういうのって上手くいくんですよ。

現実はそうはいかない。

 

同性愛者の人を否定するわけではありません。

ただ、それが異常だということを理解した上でのことを考えてほしい。

僕自身もそういう葛藤の中で生きています。

異常が悪いわけでもなく、それは一定数いることは当然です。

 

世の中には包み隠すような恋愛もあるということ。

それを慎ましく、そっと大事にするような素敵な恋愛もあるということ。

※これは「鈴木先生」という漫画を読んでみてください。

 

目立ってはいけないことだってあるわけです。

ゲイとしての振る舞い、マナーのようなものだと思っています。

 

社会に受け入れられようと、変な主張をしたり、デモをしたり。

そうやって仲間を増やしていくことはいいけれど、それを正義だと思ってはいけない。

 

同性愛っていう気持ちを持っている人がいることを、ちょっとでも多くの人に知ってもらえばいいだけです。

それを受け入れろとか、同性愛だって当たり前だみたいな、権利を押しつけるような、そんな考えはよくない。

社会の風潮かもしれないが、ダメなものはダメだ。

 

男性と女性だからこそ認められるわけです。

 

同性愛という考え方があることを広めるのは良いけれど。

同性愛という考え方を理解してもらい受け入れてもらうのは間違っていると思う。

 

特に最近、マナー違反なゲイの人が多いから。

銭湯で追いかけられたり、電車で痴漢にあったり。

ゲイという括りにしても、ちょっとマナーが悪すぎる。

 

僕が思うには、SNSでゲイ仲間がすぐに見つかるから。

僕が中高生の時なんて、一人でモンモンと悩んでいたけど。

今なんてツイッターでゲイ友が山のようにいるよ。

800人くらいのフォロワーがいるし、あたかもゲイが一般化されたような気になっている。

身近なものになったねぇって。

 

それは錯覚で、実際はそうでもない。

ゲイという存在は理解してもらえても、気持ちや好意までは受け入れてもらえない。

錯覚してはいけないということだ。

 

最後に、僕が勝手に思うゲイについて。

特に自分自身の気持ちも上手く書いてみようと思うが。

 

ゲイの人で、本当にゲイの人はどれだけいるのだろうかと思う。

自分が男性であれば、女性より男性のほうが近づきやすい。

一緒にいられる確率も高くなる。

ネットの出会い系を使ってみても、男性が女性を誘うより、男性が男性を誘う(ゲイ向けのサイト)ほうが成功率が高い。

そういう関係を求めているゲイが多いのですぐに出会える。

主観だが、特に若い男性だと。

 

だから、そういったところに甘えているような気もする。

女性よりも出会うことも、付き合うことも楽ちんだから。

そんな時期が僕にもあった。

男のほうが楽だなぁってね。

 

 

 

ゲイは異常だ、ただしそれは悪いことではなく、一定数いるものだ。

ただ便宜的に、わかりやすく「異常」と言うだけだ。

SNSなどでゲイ仲間がすぐに見つかる時代だけれども、世の中の人がそれだけ受け入れてくれているというわけではない。

 

だからこそ、バレてしまう決心もないままに告白しないほうがいい。

僕は告白できずにモヤモヤして毎日を過ごしている。

 

 

僕のことを受け入れてくれとは言わない。

もちろん好きになってくれとか、そういうことではない。

そういう考えのヤツもいるんだなぁって。

ただ、丁寧な意見や質問があったとしたら、真剣に答えるのでコメント欄などを使ってほしい。