げんきゅーどっとこむ

他人のブログを勝手に言及します。

生きることは動くこと、とどまらないことも重要。

生きることは動くこと。

遠くに行きたい、速く移動したい。

それは人類が昔から望んでいたことではないだろうか。

歩くことから始まり、車や自転車、鉄道のような車輪のついた乗り物が誕生。

東京-大阪間も、かつては20時間以上かかっていたものが、今では2時間半で到着するのだ。

 

人が移動することによって、動くことによって人類には大きな変化が生まれた。

人の交流が盛んになり、また移動速度はどんどん速くなった。

また近年では、パーソナルモビリティと、個の動きをサポートするものも登場している。

 

生きることは動くこと。

趣味の中でそれを実感できるとしたら、旅行に行くことではないだろうか。

 

oimotoimoco.hatenablog.com

旅行することによって、学ぶコト、考えるコトがたくさんあるだろう。

著者のおいもさん氏は3点挙げていたが、非日常に触れあうことが大事なのだろう。

 

日常から切り離されることで、普段気付かないことに気付くようになる。

当たり前だと思っていたことが、当たり前ではなくなる。

これは旅行に限らず、何かしらのアクションを起こしたときに感じることだ。

 

例えばファスティングをすれば、食べ物の味がより新鮮に分かる。

病気になれば、元気でいることをありがたいと感じる。

パートナーと別れてしまえば、その大切さに改めて気付く。

 

そういった意味でも、非日常に触れることは、より自分の感覚をシャープにしてくれる。

 

氏の記事の中で僕が気に入ったトコ、ご当地グルメの良さについての一文。

食材へのストレスが少ない

ご当地グルメは、その土地で収穫できるものが多いから、自然のままに育っているということだろう。

 

人類が進化し、技術も進歩していると、どこでもおいしいモノが食べられる。

が、それは自然ではないということ。

動くことを求めて、移動できる喜びがあるけれど、それと一緒に食材まで移動してしまってはダメらしい。

地産地消、やはりそこにあるということに意味があるのだろう。

 

じゃあ人間はどうなのだろうか。

僕は旅行したい派なので、暇があればどんどん外に出たい。

新しい刺激が欲しい、いつもと違った風景を見たい。

ただ、どこかでそれがストレスになっているのだろうか。

また現実を直視できていないのだろうか。

 

こいうことを一人で考え出すと、ドツボにハマるのでこれくらいにしておこう。

 

出不精は本当に勿体ない。

外に出られる環境があるのに、閉じこもっているなんて。

テレビやパソコンから情報が得られたとしても、生で体験して欲しい。

 

そして何より動くことで生きていると実感する。

五感で感じることで、生きていると実感する。

暑いところに行き、ジメジメと湿気た風にあたっても、それは生きているんだんぁと。

いつも以上に、他の場所でそれを感じると、深く思い出に刻まれるだろう。

これが、氏のいう3番目のメリット。

 

僕自身も10年、15年も前に旅行したところ、そこでの思い出は残っている。

再訪し、風景を見ただけで想いが蘇ってくる。

旅行に行く特別感が、記憶をサポートしてくれている。

 

幸いにして現代は、多少のお金と時間があれば移動できる環境なのだ。

少しばかり旅行に出掛けるのもよいだろう。

非日常の新しい刺激を求めて、百聞は一見にしかずだから。

 

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